東京地方裁判所 平成9年(ワ)15273号 判決 1998年10月09日
原告
小倉仁美
ほか一名
被告
浴岡良子
主文
一 被告は、原告小倉仁美に対し、金三五九七万九一九七円及びこれに対する平成七年五月七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告小倉智之に対し、金五万七九二〇円及びこれに対する平成七年五月七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
五 この判決は、第一項及び第二項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告小倉仁美に対し、金七九八八万四一六七円及びこれに対する平成七年五月七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告小倉智之に対し、金一〇万一八五六円及びこれに対する平成七年五月七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
なお、原告小倉仁美の主張する損害総額は、金八〇一八万六二九八円であるから、本訴は一部請求である。
第二事案の概要
本件は、原告らが、以下に述べる交通事故につき、被告に対し、民法七〇九条に基づき、それぞれの損害の賠償を求めた事案である。
一 争いのない事実及び証拠上明らかな事実
1 交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
(一) 日時 平成七年五月七日午前八時二五分ころ
(二) 場所 広島市安佐南区沼田町大字伴山陽自動車道下り沼田パーキングエリア内
(三) 加害者 普通乗用自動車(広島五〇こ五九八五、以下「加害車両」という。)を運転していた被告
(四) 被害者 原告ら
(五) 態様 被告が加害車両を運転して前記場所を進行中、同所において、原告小倉仁美(昭和五八年七月五日生まれ、以下「原告仁美」という。)及び原告小倉智之(昭和六〇年六月二六日生まれ、以下「原告智之」という。)に対して加害車両を衝突させた。
2 責任
被告は、前記パーキングエリアに進入する際、前方に原告らがいることに気付いていたのであるから、前方を注視しつつ、減速または警笛を鳴らすなどして事故を未然に防止すべき注意義務があるのに前方注視を欠いたまま時速約五〇キロメートルで進行した過失により、本件交通事故を惹起したものであるから、民法七〇九条に基づき、原告らの損害を賠償すべき責任を追う。
3 原告らの傷害結果
(一) 原告仁美
原告仁美は、本件事故により、脳挫傷、外傷性脳内出血の傷害を負い、平成七年五月七日から同年一一月一日まで日比野病院及び広島大学付属病院に入院し、さらに、同年一一月二日から同八年三月一八日まで(実治療日数一七日)日比野病院に通院、同年四月一三日から同九年七月一二日まで(実治療日数一八日、甲第一二号証、第一三号証)東京女子医科大学病院に通院してそれぞれ治療を受けた。
原告仁美は、最終的には平成九年三月八日症状固定と認められたが、外傷性てんかんにより、右不全麻痺、言語障害、手術瘢痕等の後遺障害が生じ、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表の七級四号と一二級一四号の認定(併合して六級相当)がなされている。
(二) 原告智之
原告智之は、約一週間の加療を要する頭部・左膝打撲、頸部捻挫の傷害を負った。
4 損害のてん補
本件事故の損害賠償金の一部として、原告仁美に対して金二七九万一六四二円、原告智之に対して金七万一九一五円が支払われている。
二 争点
1 原告ら主張の各損害の有無及びその額
特に、後遺障害逸失利益について争いがある。
2 過失相殺の有無及びその割合
第三当裁判所の判断
一 損害額の認定について
以下においては、各損害ごとに当事者双方の主張を対比させた上で当裁判所の認定額を示すこととするが、結論を明示するために、裁判所の認定額を冒頭に記載し、併せて括弧内に原告の請求額を記載する。
1 原告仁美関係
(一) 治療関係費 金二六七万八一五二円(原告仁美の請求どおり)
右金額は、原告仁美が、日比野病院、広島大学附属病院及び東京女子医科大学病院における治療費及び文書料として要したもので、ほとんど当事者間に争いはなく、被告が認めていない分については甲第一三号証により認めることができる。
(二) 看護料 金七一万一〇〇〇円(金七九万六五〇〇円)
原告仁美の入院中に看護が必要だったと認められる計一〇一日間につき、一日六〇〇〇円の割合による看護料を認めるのが相当であり、入院看護料は金六〇万六〇〇〇円となる。
また、原告仁美は、その年齢からみて日比野病院及び東京女子医科大学病院に通院するに際して付添いが必要であったと認められるから、実通院日数の三五日間につき、一日三〇〇〇円の割合による付添料を認めるのが相当であるから、その金額は金一〇万五〇〇〇円になる。
よって、両者の合計額は金七一万一〇〇〇円である。
(三) 付添寝具料 金一万六四八〇円(原告仁美の請求どおり)
当事者間に争いがない。
(四) 通院交通費 金一四八万三七七〇円(原告仁美の請求どおり)
原告仁美及び付添人の交通費が必要であったことは明らか(甲第一八号証。地理的な事情をも考慮するとタクシーを用いた点も含めて必要な交通費であったと考えられる。)であり、その額は甲第一九号証及び弁論の全趣旨によれば一四八万三七七〇円と認めることができる。
(五) 入通院慰謝料 金二四〇万円(金三六〇万円)
第二の一の3で述べた原告仁美の入通院状況に照らせば、その慰謝料は二四〇万円をもって相当と認める。
(六) 後遺障害逸失利益 金一一五九七万四一五一円(金五二七一万二一三八円)
原告仁美は、後遺障害逸失利益に関し、基礎収入を女子の大卒全年齢平均年収四四二万六四〇〇円とし、労働能力喪失率を六七パーセントとして合計五二七一万二一三八円の損害があったと主張している。
しかしながら、原告仁美は、本件交通事故時において一一歳、症状固定時において未だ一三歳であったから、原告仁美が、本件交通事故時以前において、成績も良く、将来音楽大学に進学して音楽教師を目指していたとしても、そのような蓋然性があったとまで認めることはできない。したがって、基礎収入としては賃金センサス(平成八年)女子労働者学歴計、全年齢平均である年収三三五万一五〇〇円を用いるべきであり、その労働能力喪失期間は、一八歳から六七才までの四九年間とする。
また、労働能力喪失率については、原告仁美は六七パーセントの喪失を主張するのに対し、被告は、外貌醜状の後遺障害は労働能力とは無関係であるとして五六パーセントの喪失を主張している。
原告仁美が、後遺障害別等級表上七級四号と一二級一四号に該当すると判断されていることには当事者間に争いはないが、七級四号は、神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないものとされていて、労働能力の喪失の程度について包括的に規定している。本件交通事故における原告仁美の場合、右のような包括的に表現されている労働能力の喪失以上に、外貌に醜状を残したことによる労働能力の喪失が加重されるとは考えにくく、したがって、労働能力の喪失率としては五六パーセントと考えるのが相当である。
よって、後遺障害による逸失利益は、ライプニッツ係数を用いて中間利息を控除すると、次のとおり、金二五九七万四一五一円となる。
三三五一五〇〇×〇・五六×一三・八三九三=二五九七四一五一
(七) 後遺障害慰謝料 金一二五〇万円(原告仁美の請求どおり)
原告仁美の後遺障害の部位、程度、内容、さらには、原告仁美が将来音楽教師になるという夢を持ち、その夢に向けて努力していたにもかかわらず、本件交通事故によりその夢をほぼ断念せざるを得なくなった事は特に考慮すべき事情にあたるのでこれらを総合的に考慮して、原告仁美の後遺障害慰謝料としては、金一二五〇万円が相当である。
(八) 将来の治療費等 金一九三万〇九〇〇円(原告の請求どおり)
原告仁美は、外傷性てんかんの後遺障害が残ったので、この発作を押さえるために、抗痙攣剤の長期的な投与が必要となった(甲第五号証)。
右のための通院、治療に要する費用としては、年間一〇万円を下ることはなく(甲第一五ないし一七号証)、現状では生涯投与の必要があるものと考えられるから、本訴提起後の平均余命を六九年として、ライプニッツ係数を用いて中間利息を控除すると、一九三万〇九〇〇円となる。
(九) 小計 金四七六九万四四五三円
以上の原告仁美の損害額合計は、四七六九万四四五三円である。
2 原告智之
(一) 治療費 金八万八九六〇円(原告智之の請求どおり)当事者間で争いがない。
(二) 看護料 金一万二〇〇〇円(一万六〇〇〇円)
原告智之の実通院日数四日につき、一日金三〇〇〇円の付添料を認めるのが相当であるから、合計一万二〇〇〇円となる。
(三) 通院交通費 金八八二〇円(原告の請求どおり)当事者間で争いがない。
(四) 慰謝料 金五万円(原告の請求どおり)
原告智之の受傷の部位・程度・通院状況等(甲第七号証)を総合的に考慮して、金五万円を相当と認める。
(五) 小計 金一五万九七八〇円
以上の原告智之の損害額合計は金一五万九七八〇円である。
二 過失相殺について
1 被告は、原告らが高速道路のパーキングエリア内でボール遊びをしながら路上を走ってきたために本件事故が惹起されたものであるから、原告らの右の危険な行為を積極的に止めることなく放置した両親らの過失を被害者側の過失として過失相殺すべきであり、その割合は三割を下らないと主張している。
これに対し、原告らは、高速道路のパーキングエリア内の事故に関して、歩行者が道路を横断する場合を想定した過失割合の基準を用いること自体が重大な誤りであり、また、原告らの父が原告らに注意を促していた事実が認められるから、監督義務者としての親に過失はないと主張している。また、本件が、被告が脇見運転をして原告らが横断していることに気付かないまま走行して原告らに自車を衝突させたという、被告の重過失による事故であり、それに比して、原告らは過失相殺にあっては減算要素となる児童であったことも考慮すると、原告らには何ら過失はないと言うべきであると主張している。
2 甲第八号証一ないし一〇によれば、被告に前方不注視の過失があるのは明らかであるところ、原告らも、道路のガードレール側からその反対側(車両が駐車している側)に、原告ら二人でボールのドリブル競走を始めたところ、被告運転車両と衝突したものであることは明らかである(特に甲第八号証の三)。
高速道路のパーキングエリア内は、自動車の通行する(通常駐車することが予定されていない)部分及び自動車の駐車する部分の双方があるが、自動車の駐車する部分は概ね流入路及び流出路とは区別されている。本件事故が流入路から流出路に直接的に至る部分(トレーラー駐車枠は存在するが、自動車が走行することが十分予想される。)で起きていることを考えると、一般道路とほぼ同様な状況とみて過失について考察することが適当である。
したがって、本件における原告らのドリブル競走は、一般の道路横断の際に、原告ら児童が、車両の通行を全く考えずに、急に横断を開始したのとほぼ同等の評価を受けることになろう。
一方、被告は、自車のガソリン給油口のふたが開いているのでドアミラーでそちらを見たために、原告らの動静に対する注意が不十分となって、本件事故を起こしたものであるが、原告らが主張するように、被告が原告らと衝突するまで原告らが横断していることにまったく気付かなかったと認めるべき証拠はない。
すなわち、被告の説明によれば、危険を感じてブレーキをかけた地点と衝突した地点は約一四メートルしか離れておらず、被告の車両が時速約五〇キロメートルで走行していたこと(この場合、空走距離だけでも通常一〇メートル以上一四メートル以下程度と言われており、これに制動距離を加えると一四メートル以内で停止することは不可能である。)も併せ考えると、衝突地点以前にスリップ痕等がなくとも特に不自然ではないし、ましてや、原告らが主張するように、本当に急ブレーキを掛けさえすれば事故を未然に防げたとも言えない。
その他、被告に若干の制動の遅れ(ブレーキの強さの不十分も含む。)があったとしても、それが、原告らの強調するような重過失として、過失相殺について大きな影響を与えるものではない。
3 以上によれば、本件につき、原告らに二五パーセントの過失相殺をするのが相当である。
前記の原告らの損害額に右の過失相殺を行うと、原告仁美が賠償を求めることができる額は三五七七万〇八三九円、原告智之が賠償を求めることができる額は一一万九八三五円となる。
三 損害のてん補
原告らがそれぞれ前述の通り損害のてん補を受けたことは当事者間に争いはない。
てん補された額を控除した後の金額は、原告仁美につき三二九七万九一九七円、原告智之につき四万七九二〇円となる。
四 弁護士費用
原告らが、本件訴訟の提起、追行を原告ら代理人に委任したことは当裁判所に顕著な事実であり、本件事案の内容、審理経過、認容額等の諸事情を考慮すれば、弁護士費用として、原告仁美につき金三〇〇万円、原告智之につき金一万円を認めるのが相当である。
第四結論
原告仁美の請求は、金三五九七万九一九七円及びこれに対する平成七年五月七日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いを求める限度で、原告智之の請求は金五万七九二〇円及びこれに対する平成七年五月七日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いを求める限度で、それぞれ理由がある。
訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 村山浩昭)